24日は東京中小企業家同友会女性部会企画講演会でした。
私が記録係しましたので
同友会女性部会のHPにも掲載されるとのことなので備忘のため
ホッピー焼酎割でほろ酔い気分で掲載!
石渡美奈氏 会社を継ぐ前編
1.子どものころから 誰が言うともなく祖父・父が経営していた会社をそのまま継承するものだと思っていた。
一人っ子ということもあり、完全に「勝手に後を継ぐ」と思って育つ。
しかし、その方法は、婿を迎えて社長業は婿がし、自分は「良き妻であろう」と想定。
そこで、婿として良い人材がいそうな会社に事務職として就職、 計画通り寿退社。
自分は「M&A」的なビジネス発想で、相手は普通の恋愛、25歳で結婚が破たんしてはじめて、うまくいくわけがないと気がついた。
心境は「ヘリコプターで砂漠に降ろされ、ヘリが帰ってしまって、さあ
自分で歩きなさい」と言われたよう。
2.1994年 バブルが崩壊した年から本格的に就職活動。
新卒でも採用がない時代に大学は文学部卒、事務職しか経験がない。
どこからも不採用。
そこで 広告代理店でアルバイトを始める。
初めて「営業」を体験して「仕事は面白い」と感じた。
3.1995年 地ビール解禁 自社でビールをつくるという話に
それは面白い!!そうだホッピーに帰ろう!と決意する。
もちろん歓迎すると思っていた父に、「ダメ」と言われる。
不規則で飲み会の多い仕事を辞め「9時〜5時」勤務のアルバイトに変え、毎日、仕事が終わって帰ってくる父親に「地ビール」の様子を尋ね、呼ばれてもないのに、百貨店でのホッピーイベントにもでかける。
石渡美奈氏 会社を継ぐ 自社での仕事編
1.1997年 4月入社が許される
同社は同族会社であったため、従兄がすでに社内派閥をつくっていた。
仲良くできるわけもなく、朝出社しない従兄に「朝は来たほうが良いよ」と言ったことが発端となり、従兄はもちろん派閥の社員も一斉に退社。
会社では 現場が混乱するからと邪魔者扱い。
JCに熱中。
2.1998年 パソコン通信で「ホッピーでハッピー」
の存在を知り、イービジネス講習会を受講する。
2000年 オフィシャルサイト立ち上げ。
3.2003年 タモリ倶楽部でホッピーで1本番組を作ってもらえて
知名度が上がる。
そのころ副社長に任命され、経営ってなんだ?と考える。
JCの先輩に聞いたら「会社法」の本を送ってもらったけど、
知りたいことが載ってない。
父親は「共存共栄」主義
父の時代とは、もはやマーケットが違う
そんな悠長なことを言っていたら死んでしまう!
それほど熾烈だと実感していた。
石渡美奈氏 会社を継ぐ 師匠に出会う編
1.師匠を探す
2005年 株)武蔵野の小山昇氏の講演を聞き弟子入りをする。
習ったのは
朝30分の掃除
社員へのサンクスカード
挨拶をする
その簡単に思えた3つが自社では実行できない。
2.2006年 全幅の信頼をしていた、父の時代からの社員の工場長が辞表を持ってきた。 たちまち製造ができなくなる。
そこで 師匠の小山さんに来てもらって慰留してもらう。
父である社長にも「手は放してはいいが 目は離してはいけない!」
と言ってもらい危機を脱する。
そこで自分が、 焦っていたこと、やりかたを伝えていなかったと自覚。
社員を変えよう その「心」を変えようと思ってもなかなかうまくいかない 変えられるのは 「自分と未来だ!」と思う。
しかし
工場長の辞表をかけての異議申し立て以来、社内での
意思疎通が改善される。
3.工場長がクレーム対応に出かけてくれたりするようになった。
お客様に喜ばれたい!
社内のベクトルは同じ方向を向き
よりよき方向へ 順風まんぱんかとおもいきや
4.2007年6月17日 ビール用の酵母がグレープフルーツジュースに
混入し、混濁が認められた。
社歴初の自主回収を決める。
翌日には 謝罪広告を1000万円かけて新聞掲載。
自主回収された1万本のジュースの中に酵母入りは数本だったが
1600万円の損失。
原因は欠品を恐れるあまりライン洗浄が不足していた。
ということ。
しかしメーカーである同社が素早く謝罪したことで
流通に関わる方からの信頼を得ることになった。
5.経理についても改善された。
新卒採用した経理未経験の女性が1年で
かつては60日かかっていた「試算表」を翌月初にはできるようになった。
こうして 大好きなホッピーを作っています。
これからも !
お客様に喜ばれる会社でありたい。
元気はつらつの 石渡氏講演会でした。
以上 備忘録
-----------ここからは 縮小版-----------------------
石渡美奈氏 会社を継ぐ前編
創立100周年を迎える老舗メーカの跡継ぎ娘の学生時代と
自分探し。
娘が跡をとるとは「婿を迎え 自分は妻として支えること」と
考えていた。M&A的発想の結婚の現実はうまくいかなかった。
石渡美奈氏 会社を継ぐ 自社での仕事編
同族会社で従兄が既に派閥を形成していたことや
現場が混乱する等の理由で 社内業務から離される形でJCへ。
石渡美奈氏 会社を継ぐ 自社改革編
イービジネスを学び、オフィシャルサイトを立ち上げる。
自分が経営を考えるようになり、師匠(株武蔵野 小山昇氏)に弟子入り。
老舗・同族会社であるがゆえの弊害。人に仕事がついているので
人が欠けると業務が遂行できなくなる。
そこを革新しようと焦る。
全幅の信頼を寄せていた「工場長」が辞表をもってくる。
社員の心を変えようと焦っていたことに気が付くが、
このことが契機となり社員との意思疎通がうまくいきだす。
社歴初の「自主回収」の事態を迎えることになったが
迅速な謝罪・新聞への謝罪広告掲載が効をそうし、
流通の皆さんの信頼を得る。
経理の時間短縮ができるようになった。
こうして 社内革新に取り組みながら
より良い商品を
よりよいサービスのできる お客様に信頼される会社へと
ベクトルを同じにした社員ともども頑張っています。
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